最新護衛艦「ひゅうが」(4) 現代戦における軽空母の戦力について

昨日に続いて、もし「ひゅうが」を軽空母に改造できたとして、戦力として期待できるかという点を考察します。
さて、軽空母が戦場の帰趨を制した唯一の戦例として、フォークランド紛争が挙げられます。軽空母の戦力を分析する上で、この戦いの教訓を外すことはできません。以下では、フォークランドでの戦訓を元に、現代戦での軽空母の有効性について分析したいと思います。

フォークランド紛争でのイギリス軍空母の活躍とその限界

フォークランド紛争は、1982年、フォークランド諸島の領有権を巡り、イギリスとアルゼンチンとの間で行われた戦争です。
戦争前に、イギリス軍は正規空母を全廃していました。また、フォークランド諸島周辺に適当な航空基地もなかったため、航空戦力の主力となったのは「インヴィンシブル」「ハーミーズ」の二隻の軽空母に搭載された20機(戦争初期、途中で補充あり)のV/STOL機シーハリアーでした。
シーハリアーは空中戦で23機のアルゼンチン空軍機を撃墜、それに対して被撃墜機0という大戦果を挙げました。また、増派された空軍のハリアーと共に対地攻撃も行い、イギリス軍の勝利に大いに貢献しました。
ここまでの話では、軽空母の大活躍によってイギリス軍に勝利がもたらされたように感じられますが、実際にはその勝利はぎりぎりのものでした。
イギリス軍は、アルゼンチン空軍によって6隻もの艦艇を撃沈されました。その中には新型の42型防空艦「シェフィールド」および「コヴェントリー」、10機以上のヘリを搭載した特設コンテナ船「アトランティック・コンヴェアー」が含まれており、イギリス軍にとっては手痛い打撃でした。
イギリス海軍の損害が大きかったのは、AEW(早期警戒機)がいなかったことと、ただでさえ少数のハリアーを対地攻撃にも振り分ける必要があったため、艦隊防空に使用できる機数が少なかったことの二点が原因です。
AEWとは、大型の対空レーダーを搭載した機体で、E-2Cホークアイなどのことを指します。アルゼンチン空軍機は低空飛行を行うことでイギリス軍艦艇の防空網をかいくぐりました。このとき、イギリス軍にAEWが存在していれば、艦船より広い空域を探査できるため*1、アルゼンチン軍機の接近をより多く防ぐことができたでしょう。
また、航空機は整備や搭乗員の休養の必要性から、一日のうちの飛行可能な時間はかなり短くなります。イギリス軍のハリアーはもともと20機程度で、常時滞空しているのはそのうちの半分以下となり、さらに対地攻撃を行っている機体があれば、その分防空任務についている機体が減ることになります。結局、数機で艦隊全部を防空する必要があり、それは非常に荷の重い任務となりました。

このような不利な状況で勝利を収められたのは、ひとえにアルゼンチン空軍が弱体だったからです。
ハリアーが23対0という圧倒的なスコアを収められたのは、アルゼンチン空軍が旧式の対空ミサイルしか配備していなかったこと、航空基地から艦隊までの距離が遠く、空戦を行うのに十分な燃料がなかったこと、錬度が相対的に低かったことなどが原因であり、ハリアーが性能的に優れていたためではありませんでした。アルゼンチン軍がたとえばF-4ファントムのような有力な機体と長距離対空ミサイルを運用していれば、撃墜スコアは逆転していたかもしれません。
また、アルゼンチン空軍はフランス製の対艦ミサイル「エグゾセ」を用い、前述の「シェフィールド」「アトランティック・コンヴェアー」をそれぞれ一撃で撃沈しています。しかし、アルゼンチン軍のエグゾセ保有数はわずか五発しかなく、残りの機体は通常爆弾を用いて低空から接近攻撃を行いました。このことがアルゼンチン空軍機に多数の損害をもたらした原因となりました。もし、アルゼンチン軍が潤沢なエグゾセ保有していた場合、イギリス軍は壊滅的な損害を蒙っていたと思われます。

軽空母に関する戦訓をまとめると、以下のようになります。

  • 少数の戦闘機を防空・対地攻撃に割く必要があるため、防空に使用できる機体はかなり少数となる
  • 低空から侵入する敵機の迎撃のためにはAEWが不可欠であるが*2、そのためにますます戦闘機搭載量が減る上、同時にAEWそのものの護衛機も必要となってしまう
  • よって、軽空母による防空網は、弱体な航空戦力にしか通用せず、それでも多数の損害を蒙る可能性が高い

やっと話が「ひゅうが」に戻りますが、イギリスのインヴィンシブル級などに比べ小型である「ひゅうが」を改装しても搭載機数はかなり少ないものとなるでしょう。上記の戦例から、そのような艦を数隻保有しても戦力としてはあまり期待できません。

以上のように、「ひゅうが」の軽空母改装案は、

  • 改装は困難であり、費用も期間も多くを要する可能性が高い
  • 日本の国情的に、そのような艦を保有する必然性が薄い
  • 改装しても、戦力としてはあまり期待できない

と、三段構えに否定的な結論となってしまいました。

なお、フォークランド紛争では、もう一つ重要な戦訓があります。それは、潜水艦は艦隊にとって非常に大きな脅威となることです。
開戦劈頭、イギリス軍の原子力潜水艦コンカラー」がアルゼンチン軍巡洋艦「ヘネラル・ベルグラノ」を撃沈しました。当初、アルゼンチン海軍は総力を挙げてイギリス軍艦隊との艦隊決戦を行う計画でした。しかし、アルゼンチン海軍は原子力潜水艦に対抗できるほどの対潜能力を有しておらず、結局、同艦の撃沈以降、腰砕けの状態で港に引きこもってしまい、全く活動できませんでした。
このように、現代戦での潜水艦は、艦隊にとって非常に大きな脅威となります。よって、戦力的にあまり期待できない少数の戦闘機のために対潜攻撃力が減少した軽空母より、対潜専用のヘリ空母の方が有効な艦種と言えるのではないでしょうか。

*1:地球は丸く、電波は直進するため、レーダーは水平線の下の航空機を捕らえられません。高度が高いほど水平線は遠くになるため、この場合は艦船のレーダーより航空機のレーダーの方が探知距離が長くなります

*2:軽空母で大型の固定翼AEWを運用するのは不可能であり、イギリス軍はフォークランド戦後シーキングASW.Mk.2と呼ばれる早期警戒ヘリを導入しています