現実の殺人事件の捜査方法(3)

今回の内容は、特捜本部発足後、配属された刑事たちがどのように捜査を行うかについてです。

捜査の班分け

特別捜査本部に配属された刑事は、2名ずつの組に分けられます。
各組は、できるだけ捜査一課の刑事と所轄署の刑事がペアになるように割り振られます。殺人事件の捜査経験が豊富な捜査一課の刑事と、土地鑑のある所轄署の刑事のペアが理想的だと考えられているためです。なお、捜査員には相棒を選ぶ選択権はなく、割り振りは特捜本部の上層部が決定します。
このあたりの描写は「踊る大捜査線」でも再現されています。1話で、和久さんと魚住係長が本庁の刑事と組んで捜査することになったというセリフがありました。なお、同作品では本庁の刑事と所轄署の刑事が非常に険悪な関係であるように描かれていましたが、実際にはそのような極端なことはないようです。まあ、やたら偉そうにしている捜査一課刑事もいることはいるようですが。
以下余談です。「踊る大捜査線」の第1話で青島は室井の運転手をさせられていましたが、そのようなことは実際にはありえません。管理官には専属の運転手と車両が配属され、自宅からの通勤を含め、全ての移動はその専属車によって行われます。また、湾岸署はただでさえ強行班係が4人しかいない(しかも真下は戦力外)状態なので、そこから1人の刑事を割いて運転手にするという事態は考えられません。

敷鑑、地取り、証拠品

班分けされた刑事達は、敷鑑(しきかん)、地取り、証拠品の3種の捜査に割り振られます。
最初の「敷鑑」とは、被害者の人間関係を洗い出し、被害者を殺害する動機を持つ関係者を探し出す作業です。大概の殺人事件は、金銭、怨恨、痴情のいずれかを原因としているため、これらの動機を持つ人間を探し出します。
なお、敷鑑は「識鑑」と書かれたり、単に「鑑」と言うこともあります。フィクションでは、横山秀夫の小説では「シキ鑑」と表現され、今野敏の小説では、後述の「地取り」に対応させているのか、「鑑取り」と呼ばれています。おそらく「敷鑑」が正しい用語だと思うのですが、いまいち確証がありません。
次の「地取り」とは、現場周辺の住宅やオフィスなどを回り、不審者の目撃情報、被害者の争う声など、事件の手がかりとなる情報を聞きまわる作業です。
なお、「地取り」と「聞き込み」はよく同一視されていますが、厳密には異なるものです。「地取り」は地図に境界線を引き、その範囲内の全ての建物を訪れて情報を集める作業であり、「聞き込み」は事件の関係者、あるいは新聞配達人などの事件を目撃した可能性の高い人間といった、特定の人間に対して情報提供を求める作業です。ですが、現在では刑事ドラマの影響で「聞き込み」という単語の方が広まったため、特に一般人に対しては、「地取り」も「聞き込み」と表現することが多いようです。
最後の「証拠品」は、そのままです。遺留品や凶器の購入者を調べ、その中から容疑者を探し出す作業です。靴跡の調査や、凶器のナイフの出所の調査は、証拠品担当の刑事の仕事です。
ちなみに、「証拠品」という表現は報告書などに書かれる上品なもので、一線の刑事たちは「ブツ」とか「ナシ割り」(シナ→ナシ)という表現をすることが多いようです。

犯人にたどり着く可能性の高い順序は、一般的には、敷鑑→地取り→証拠品となります。そのため、基本的には敷鑑捜査に老練な古参刑事たちが配備されることになります。ただし、例えば強盗殺人の場合などでは、地取りの方により多くの力がそそがれます。


以上で、現実の殺人事件捜査方法については終わりです。このような知識を持っていると、小説やドラマの作者がどれくらい下調べをしているかがよく分かります。もちろん、劇中の捜査方法や警察の組織構成が現実と異なっていても、その作品のエンターテイメントとしての価値が下落するわけではないでしょう。でもまあ個人的には、少しくらいは調べてから書けよな、とか思ってしまうこともしばしばです。