北朝鮮のミサイル問題について

北朝鮮は、本日4日から8日の間にテポドン2を発射すると通告しています。一部報道によると、ミサイルへの燃料注入が始まったということで、発射は不可避の情勢になりました。
今日のエントリでは、主に理系的視点から、テポドン2についての情報をまとめておきます。

弾道ミサイルかロケットか?

北朝鮮は、今回の発射をロケットの打ち上げだとしており、ロケットの名前を「銀河2号」、搭載している衛星の名前を「光明星2号」と呼称しています。これはパフォーマンスではなく、実際に今回打ち上げられるのはミサイルではないという見方が一般的です。
ではなぜロケットの打ち上げがこれほどまでに非難されているかというと、その技術が弾道ミサイルに応用可能だからです。弾道ミサイルの主な技術要素は、大気圏外まで弾頭を運ぶこと、次にその弾頭を狙った地点に落とすことの2点にあります。そして、今回の打ち上げの目的は前者の技術を実証することにあると見なされています。
もし、国際社会が打ち上げについて何の文句も言わなければ、北朝鮮は遠慮なしに後者の実験も開始してしまい、最終的に弾道ミサイルを実用化してしまう可能性があります。まともな産業が存在しない北朝鮮は、兵器の輸出で外貨を稼いでいます。そして、輸出されている兵器の中にはスカッドミサイルも含まれています。もし、北朝鮮弾道ミサイルが実用化されてしまえば、それらはかなり高い確率で反米的な国家に販売されるでしょう。さらに、そこに核弾頭がセットとなれば、それはほとんど悪夢に近いシナリオとなります。

日本のロケットとの違い

北朝鮮のロケットと、日本のH-2Aロケットとの最も大きな違いは、使用する燃料にあります。前者はヒドラジン系の燃料を使用しており、後者は液体水素を利用しています。
ロケットの燃料は、大きく分けて固体燃料と液体燃料に分けられます。さらに、液体燃料はヒドラジン系、ケロシン系、液体水素などに分類されます。これらの燃料は、取り回しが容易なほど比推力(重量と推力の比率)が悪くなる傾向にあります。
液体水素は、非常に比推力が大きいという利点を持ちますが、取り回しという面では最悪です。まず、液体水素を燃料タンクに充填する前には、空気を追い出すために低温のヘリウムをあらかじめ充填するという手間がかかり、準備から打ち上げまでの期間が非常に長くなります。さらに、極低温でしか保存できない、一度充填してしまうと数日以内に発射する必要がある、燃料充填のために必要な設備が大がかりである、燃料タンクが大きいなど、非常に多くの欠点があります。このように、ミサイルに転用するにはかなり非実用的です。
一方、テポドンヒドラジンは、液体水素ほどの比推力はないものの、常温での保管が可能であるという利点があります。ヒドラジンは燃料容器を腐食させてしまうという問題がありますが、それでも燃料を充填してから数ヶ月は使用可能であり、ミサイルとしては非常に実用性の高いものになります。実際、スカッドミサイルはヒドラジン燃料を使用しており、テポドンはその技術の延長線上にあるようです。

なぜ日本を飛び越えるような経路を飛ぶのか?

これは高校物理を習った人なら自明のことなのですが、地球の周りを周回する軌道に乗るためには垂直に打ち上げてはダメで、横向きに速度を得る必要があります。打ち上げ直後のロケットは真上に飛んでいますが、それは大気圏をできるだけ早く抜け出し、空気抵抗を受ける時間を少なくするためです。大気圏を抜けると、ロケットは横倒しになります。
また、ロケットにとって、東向きが最も効率のよい進路です。これは、打ち上げ時に持っている地球の自転速度を生かすことができるためです。すなわち、北朝鮮のロケットにとって最も効率のよい経路は日本の上空を飛び越える経路なわけです。

MDでテポドンを迎撃することは可能か?

もしテポドンが予定通りのコースを通るのであれば、日本に配備されているミサイルでは迎撃することはできません。イージス艦に搭載されているスタンダードSM3、地上配備されているパトリオットPAC3の双方が、落ちてくる途中の弾道ミサイルを迎撃するために作られており、遙か上空を飛び越えるミサイルは射程外です。アメリカ本土に配備されているGBIというミサイルであれば通り過ぎる途中の弾道ミサイルを迎撃できると言われていますが、今回の飛行コース上にはGBIの配備基地はありません。よって、予定通りにミサイルが飛べば、物理的に迎撃できるミサイルは世界に存在しません。
ちなみに、今回のミサイルはアメリカ本土上空は通りません。メルカトル図法の地図では、北朝鮮と日本とアメリカが一直線に並んでいるように見えますが、実際にはそうではありません。北朝鮮を中心とした正距方位図法の地図で見れば、アメリカに最短コースでミサイルを発射する場合、ミサイルは樺太以北を通過することが分かります。
さて、ではなぜ日本が迎撃態勢を整えているかというと、それは政治的パフォーマンスを抜きにすれば、万一の事態に備えるためです。
北朝鮮は、1998年と2006年の2回に渡ってテポドンを発射していますが、いずれも失敗しています。今回成功するという保証は全くありません。確率的には非常に低いことですが、何らかのトラブルでテポドンが日本の領土に落着する可能性があります。
迎撃しても破片が降り注ぐから意味がないという意見もありますが、毒性が非常に強いヒドラジン燃料が残ったままのロケットが落ちてくることも考えられ、その場合は撃墜した方が地上の被害を抑えられます。アメリカは、2008年2月、故障して地球に落ちてきたスパイ衛星をイージス艦で撃墜しています。そのスパイ衛星は希薄大気の存在する低空を周回するため、空気抵抗によって減少した速度を補うための推進装置を持っており、その燃料がヒドラジンでした。もし、未燃焼のヒドラジンを満載したままの衛星が地上に落着した場合、周辺住民に被害が出る可能性がありました。そのため、アメリカ軍は高空で衛星を破壊することを決定したわけです。


今回の件について、日本にとって最も望ましい決着は打ち上げの中止でしたが、どうやらそれは望み薄のようです。もはや今できることは、このミサイル発射がより重大な事態を招かないように祈ることだけかもしれません。